
美しいものは、時代を超える。|美しさには、つくり手の哲学が宿っている。
私は、美しいものには理由があると思っています。
ただ形が美しいからでも、希少だからでもありません。
その奥に、つくり手の想いや、美意識、そして長い時間をかけて積み重ねられた哲学が感じられるからです。
これは、私が長年魅了されてきた懐中時計を見ていて、強く感じることです。
100年以上前につくられた機械式時計のムーブメント。
一つひとつの部品に施された繊細な仕上げ。
完成すれば見えなくなる場所にまで手を抜かず、美しさを追い求めた職人たちの仕事。
効率だけを考えれば、そこまでする必要はありません。
時間を知るという機能だけであれば、見えない部分を磨き、装飾を施す意味はないのかもしれません。
それでも当時の職人たちは、一切の妥協をしませんでした。
誰かに見せるためではなく、自分たちが美しいと信じるものをつくるために、時間と手間を惜しまなかったのだと思います。
私は、その姿勢に心を奪われます。
機械を見ているというよりも、その向こうにいる職人の息遣いや、考え方、生き方に触れているような気持ちになるのです。
だから私が惹かれるのは、時計そのものだけではありません。
その時計を生み出した人の考え方であり、美意識であり、そこに込められた哲学なのだと思います。
それは時計だけではありません。
建築も、車も、家具も、ファッションも、そして人の生き方も同じです。
本当に美しいものには、つくり手の哲学が宿っています。
だから私は、効率よりも、美しさを選びたいと思っています。
時間を短縮することよりも、一つのものと向き合う時間を大切にしたい。
この仕事も、もっと効率良く進める方法はいくらでもあるでしょう。
ですが、一本の時計を見つめ、その背景を知り、状態を確かめ、納得できるまで考える。
その時間だけは、省きたいと思ったことがありません。
むしろ、その時間こそが、この仕事の一番好きな時間なのです。
世の中は、年々便利になっています。
早く、美しく、大量に。
そんな時代だからこそ、あえて時間をかけることにも価値があるのではないでしょうか。
立ち止まり、考え、迷い、手を動かす。
そうして生まれたものには、数字では測れない温度があります。
だから私は、100年以上前の懐中時計に心を動かされるのだと思います。
そこには、職人が過ごした時間があり、その人だけの美意識があり、言葉では語られない哲学があります。
私は、美しいものとは、人の時間が宿ったものだと思っています。
だからこれからも、効率ではなく、美しいと思える仕事を積み重ねていきたい。
その先に生まれる一本には、きっと時代を超えて人の心を動かす力があると信じています。


